懐かしのアイドル・スター、ミュージシャン

岡田有希子、芸能界を覆す新事実について爆報フライデーで明かされる!

岡田有希子、アイドルとしての活躍について

さて高校1年となった夏、
岡田有希子さんは芸能活動をスタートするため、
上京します。

芸能界の目標は、

松田聖子や山口百恵のような、
日本を代表するトップスターになること
(出典:ウィキペディア

ラジオパーソナリティなどの、
タレント活動を経て、

1984年4月、
【ファースト・デイト】で歌手デビュー!

キャッチフレーズは、
いつまでも、一緒にいてね。
ステキの国からやって来たリトル・プリンセス
(出典:ウィキペディア

キャッチフレーズが、
昭和のアイドルっていう感じしますね♪
(懐かしい!!)

ちなみにこの曲は、
竹内まりやさんの作詞作曲ということですが、
デビュー後も竹内まりやさんの楽曲提供は続いたそうです。

そして歌手デビューしてからは、
事務所の先輩である、
松田聖子さんと比較されることが多かったそうで、

「第二の松田聖子」とも言われていました。

確かに、
当時の髪型とか見ると、
松田聖子さんを思わせるものがありますよね?

かつて松田聖子さんが目標であったものの、
歌手デビューして比較されてしまうことによって、
松田聖子さんの物まねと思われたくないと、
当時の岡田有希子さんは語っていたそうです。

誰かの二番手、
ではなく、
自分は自分という気持ちでいないと、
トップアイドルにはなれませんよね?

そこに岡田有希子さんの、
日本を代表するトップスターになりたいという、
強い意志が感じられました。

 

さて岡田有希子さんのデビュー曲は、
音楽賞の新人賞を総なめにし、

トップアイドルへの夢に向かって、
第一歩を踏み出したのですが、

ただ歌手として活躍するだけでなく、

江崎グリコを始めとする多数のCMや、
そして連続ドラマ、
【禁じられたマリコ】に初出演されるなど、

当時はとにかく、
絶大な人気があった岡田有希子さんですが、

個人的には、
アイドルも何だか下火になってきたかな?
そんな印象があった中、

岡田有希子さんはこの先、
更なる活躍をしていくと・・・

そんな期待が持てるアイドルだったと思います。

 

そんな中話題になったのが、
1986年1月に発売された8枚目のシングル、
くちびるNetwork

この曲は松田聖子さんが当時、
妊娠による活動休止中に作詞を手掛けた、
ということで話題になり、
(しかも作曲は坂本龍一さん!)

img3
貴重なスリーショット!

カネボウ化粧品、
「レディ80BIOカラーネットワーク」、
「86年春のバザール」のCMソングとして起用され、
オリコンチャート1位を獲得した曲でもあります。

歌詞の内容や歌の雰囲気から、
松田聖子さんっぽい感じはありましたが、
それが岡田有希子さんが歌っても、
とてもピッタリでステキな歌でしたね!

ちなみに最近、
CS朝日の番組CMで、
アイドルが歌っているのを聴きましたが、
後のアイドルに語り継がれる1曲ともいえますね。

しかしこのシングルが、
岡田有希子さん最期のシングル、
となってしまいました。

 

1986年4月8日。
全国コンサートが始まって3日後。

岡田有希子さんは、
事務所が入居しているビルから飛び降り・・・

全身を強く打って、
亡くなってしまいました。

まだ18歳でこれから・・・
という時でした。

 

ちなみに筆者の記憶では、
亡くなる前だったか、
後だったか・・・

定かではありませんが、

新しいシングルが出ると聞いており、
その曲が、
【花のイマージュ】という曲で、
ラジオで一度聴いたことがあったのですが、

img1

この曲は残念ながら、
岡田有希子さんが亡くなったことにより、
当時は発売が中止となり、

「幻のシングル」

となってしましました。

 

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爆報フライデーで明かされた新事実とは?

そして今回【爆報!THEフライデー】では、
岡田有希子さんについて取り上げられ、

しかもその内容というのが、

「芸能史を覆す新事実」が明かされる、
というかなりショッキングな予告だったわけですがー

img

内容を確認したところ、

事務所にあった岡田有希子さんの資料が、
何者かに持ち出された!?

ということで、

その消えた資料の全貌を大公開する
といった内容となっていました。

それについて簡単にまとめると、

事務所・サンミュージックに保管してあった、
岡田有希子さんに関連するグッズが盗まれたという話でした。

そしてそのグッズを盗んだ犯人というのが、
白人のリチャードという外国人男性。

彼は国のオーストラリアで岡田有希子さんが亡くなったことを知り、

岡田有希子さんが亡くなった3年後に来日し上智大学に通いながら、
クラスメートだったという早見優さんの紹介でサンミュージックに入社。

そして松田聖子さんが海外進出をする時に翻訳の手助けを行う、
などといった業務に携わっていたものの、

わずか2年で退社。

その間事務所が岡田有希子さんの資料を処分するのを見たリチャード氏が、
このままではいけないという思いから、

事務所からその資料を持ち出した、
ということだったんですね。

そしてその資料194点がリチャード氏から返還され解禁されたことから、
今回番組内で岡田有希子さんの資料が公開されることになり、

同期アイドルだった田中久美さんらと、
懐かしい岡田有希子さんが活躍していた頃のCMフィルムや、
直筆の文章などを見ることができたー

このような内容となっていました。



(番組より)

 

また岡田有希子さんの自殺の原因についてですが、
番組の内容からサンミュージックの元専務によると、

1度自殺を図りその時は未遂ですみましたが、
その時は「誰かを想って」。

岡田有希子さんが亡くなった当初、
報道にはドラマで共演した峰岸徹さんに振られたから、
また男女の関係にあった・・・
などという報道が飛び交っていましたが、

緊急記者会見を開いた峰岸徹さんは、

岡田有希子さんにとってあくまで「兄貴」的な存在で、
また岡田有希子さんから好きだと言われたことがないとー

完全否定されていました。


(番組より)

また峰岸徹さんとの関係については、

岡田有希子さんの片思いの相手ではあったものの、
決して変な関係ではなかったという、
元専務が番組で証言されていましたが、

ただ1回目に自殺を図った時は、
叶わぬ恋を憂いて行っていたとも話をされていました。

しかし「自殺未遂」という、
アイドルにとって致命的な問題を起こしてしまったことで、

岡田有希子さん・・・

大変なことをしてしまった
もう生きてゆけない

そう思い詰めてしまい、

このことから迷惑をかけてしまったという、
自責の念から、

結果的に飛び降り自殺を図り、
亡くなってしまいました。

岡田有希子さんは本当に真面目な性格だったからこそ、
自分が犯してしまったことに責任を感じてしまったということ、
なんでしょうか・・・

何とも辛いことですし、
そして残念でたまりません・・・

 

突然この世からいなくなったことで、
伝説となってしまった、
アイドル・岡田有希子さん。

ご冥福をお祈りするとともに、

これからみんなの中で
いつまでも語り継がれていくことと、
思います。

 

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POSTED COMMENT

  1. なんちゃって より:

    彼女の本当の相手は峰岸徹ではなく、神〇正〇です。そして、彼女が妊娠していたことも明らかになっています。

    当時のインタビューを見ても峰岸徹の表情に罪悪感がなかった。

    本当につきあっていて、彼女が自分のせいで亡くなったと知った場合、あのような話し方はできません。

    一方、もう一人の人物は表情が死んでいた。

    そして彼女も今You Tubeで表情を見るとアイドルとしての輝きが失われているように見える。

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